やまなしの国保 2018年1月号
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言うのが常です。 80歳代半ばくらいなら、平均寿命を考えても、それより10年短いという健康寿命を考えても、ピンピンコロリとはいかなくても、まだ体力はあるだろうし、つれあいも子供も若いし何とかなりそうだと言うのだ。100歳なんて思ってもいないし、第一、何をして生きていったらいいのか想像もできないと言うのだ。 全国で、100歳以上の高齢者が徐々に10万人に届こうとし、さらに増加しようとしている。このような傾向を医療や予防医学の成果のみだとは言わないまでも、壮老年期の健康維持と健康寿命の伸長が我々のやってきた健康管理に関係していること。そのことが我々の検診の目的だったことは確かで、今現在受診中の検診がそのようなものなのだ。その真最中に、皆が希求した結果としての長命を不都合なこととし、出来れば、そのことを全うする前に終わりを迎えたい。さらに可能なら、コロリと死んでしまいたいと言うのだ。 身勝手と言えば、その通りだが、ただひたすら長命・長寿を願っている時代は過ぎて、いかに長すぎる最後の10年、20年を良く生きて、幸せな最期を迎えることが出来るかの時代となってきたのだ。 この過長な定年後・引退後・老後が不安となってきた時、高脂血症を指摘し、治療を促し、もう少し腹回りを減らして、お酒は控えめになどの適切な生活指導、助言のみでは、間違ってはいないが的外れで、不十分なことは確かだろう。 よろしき最期とそれまでの道筋がいかに大変なことかと不安になっているのは、検診機関に所属している私自身も同じなのだ。この狭い困難な老いの道を何とか安心して生きていくことはできないのだろうか。そのような困難さを解消する、あるいはせめて軽減することに検診は役立たないのだろうかと思う。 ≪健康管理事業団の検診受けて、あんきな最期≫とは、全く変な標語だが、健康長寿のみが目標となった時代は確かに過ぎたと最近は思っている。 実は少し前までは心配しなくても、それほど長くはなかったとしても、全くではないが、問題なかったのだ。 問題は少子化なのだ。3世代以上が同居し、長男とその嫁が、舅姑の最期の世話や一家の問題を解決していた時代には次男三男の始末を心配することはあったが、跡取りの問題なんかはなかったのだ。死ぬおける検診機関の役割ときの心配など、年寄りがしても、しなくても自然に片が付いていたのだ。 それが、なんとお国の言うことには、年に40万人もの人の死に場所がなくなる時代がすぐそこに迫っているのだそうではないか。 そんな時に命を延ばす事ばかりの健康管理ではないことは確かだ。よき死を迎えるための健康管理が必要なのだ。 定年後・引退後・老後を過ごすためには以下の4点が大切だと言われている。1.経済的安定・年金は大丈夫か!2.配偶者との良好な関係3.健康管理4.自由な時間の過ごし方。趣味は? なるほど、検診のみではだめで、総合的な高齢者対策の一環として、健康管理、疾病の早期発見・予防たる検診を位置づけなくてはならないのだ。 検診時の診察室で受診者に質問することがもう一つある。週に4回以上飲酒する高齢女性に、誰かと一緒か、一人で飲むのかを聴いている。 多くの方が、少し恥ずかしそうに「主人の晩酌に付き合っています」と、言う。「いいえ、一人です。主人とは飲みません」と、少しぶっきらぼうに言う人は、幸いずっと少ない。前者のほうが格段に多い。 少子・高齢・多死(最後に付けるなんてズルイ)社会はすでに始まっている。この社会のニーズに沿った検診活動が山梨県健康管理事業団にも求められる時はすでに来ている。 よき死を迎えるための検診活動とは何かを考え実行する、第一歩の年と2018年を捉え活動を開始しなければならない。 今夜も妻と娘と晩酌をやりながらの夕食である。私は福聚海無量の名前が付いた燗酒を。 妻たちは、時々私も仲間に入れてもらうワインをやっている。 「老後に必要なものはなんといってもお金よね~」などと言い合っている女どもの話を聞きながら、趣味としては既に読書しか残っていない私は、「そういえば、明日の仕事始めからまじめに働きに行くことを考えると、仕事もまた趣味のうちなのか」などと、口には出さずにつぶやいている。9

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