やまなしの国保 10月号
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プロフィール学歴職歴 昭和45年 3月 北海道大学医学部卒業 昭和45年 4月 医師国家試験合格 医籍登録       同 年 北海道大学第1外科 昭和50年 3月 国立療養所道北病院外科 昭和57年 4月 組合立飯富病院 平成 5年 4月 組合立飯富病院院長 平成22年 4月 組合立飯富病院名誉院長 平成23年 4月 峡南在宅医療支援センター長 平成25年 4月 公益財団法人 山梨県健康管理事業団        診療所所長        健診部長 平成27年 4月 長田在宅クリニック名誉院長公  職 ● 山梨県生活習慣病検診管理指導協議会 肺癌乳癌部会長 ● 山梨県感染症審査会委員所属学会 ● 日本CT検診学会 ● 日本禁煙学会37vol.身延町早川町組合立 飯富病院山梨県南巨摩郡身延町飯富1628TEL:0556-42-2322(代) FAX:0556-42-3481身延町早川町組合立飯富病院長田在宅クリニック(おさだ ただよし) 同居している長男のお嫁さんの話では、3年間ものシベリア抑留生活を経験した義父のAさんは、無口で辛抱強く、頑固な人だった。しかし、一方では自慢の犬を飼い、ハーモニカの演奏も見事で、レコードを聴いたりする趣味の人でもあった。もちろん、柿をつくる農家の働き者だった。 平成12年にAさんの奥さんが亡くなった。それから10年間は何事もなく経過した。 平成22年6月頃、Aさんが「大事なものが無くなった。盗られた」と、言い始めた。初めは「たいがいは探せば見つかって、しまい忘れだったんです」と、笑っていたが、そんなことが度重なり、一日に何度もとなり、ついには駐在所に訴え出るようになった。 駐在さんの勧めで、近くのクリニックを受診するとアルツハイマー型認知症で、“物盗られ妄想”が著しいと診断された。認知症の薬を処方された。しかし、薬をのむと興奮し、かえって症状は悪くなっていった。施設に入れればという人がいたが、長男でもある夫から、「頼むから家でみてくれ」と頭を下げられ、お嫁さんが言う“つらい、困難”な7年もの在宅療養が始まった。 今振り返れば、お嫁さんの実家では家族を自宅でしっかりみる習慣があったのが、この大変な決断をさせたのかもしれないと思ったりするのだった。 “物盗られ妄想”に続き、時間を選ばない屋外への外出、“徘徊”が始まった。長男でもある夫と義父の間で何回も言い争いが起こり、殴り合いのけんかも発生した。 日中の“徘徊”の世話をした後、やっと風呂に入り温まった体が冷え切るほど義父を探し回ったこともあった。深夜から明け方まで、夫も必死で探し続けた日も何度もあった。 けっこうな水量の川と交通量の多い道が家のすぐ近くを通っていたのだ。長田 忠孝名誉院長認知症の義父を 20

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